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眼球振盪

タイトルは (がんきゅうしんとう) と読みます。眼振と略すことも多いようです。これは fujaata が生まれつき抱えている眼の疾患です。眼球振盪とは何ぞやと言うと、乱暴な言い方をすると「目玉が絶え間なく揺れ動く」というものです。多少調べてみたりもしたのですが、何故発症するのかといった原因や、治療法についてはあまりわかっていないのが現状のようです。Web ではここ (わぶりぃ・あいず) とかここ (マラソンと福祉のページ)の中のこのあたりに情報があります。fujaata の場合は先天性特発性眼振というものに相当すると思われます。自分の疾患のくせに「思われる」と言うのはなんですが、要は幼稚園のころから通院しているのでそこ時に診断がでているのだけど、当時の自分には理解不能だったということです。まぁ、間違いないでしょう。fujaata の場合幸い症状の程度は日常生活に不自由を来すほどではなく、ほぼ健常者と同様の生活を送ることが出来ています。車も普通に運転しますからね。いや、本人はあまり健常者との違いを意識していることは無くて、むしろたまにハッと意識する場面に遭遇するといったところです。ところが前述 Web のページを読み進めると「ごくわずかに車を運転できる人もいます」という記述があり、これが本当だとすれば fujaata はこの疾患を持つ者としては相当ラッキーな部類に入ると言うことかも知れません。
眼振も様々な症状や状態があるようですが、fujaata の場合はとにかく両眼とも不定方向に細かく振動するようで、どうも斜視もあるようです。斜視は以前からあったようなのですが、あるらしいことがわかった(自分で認識した)のは実は数年前のことです。これについては別の機会に。そして fujaata の場合顔を正面に向けたまま 45 度くらい下方に視線を置くと眼振が弱くなる、つまり視力が出ます。ということは日常においては顔を 45 度ほど上に向けてやると前方が見やすいということになります。なので周りから見ればいつもぽか~んと空を見ているような格好で歩いています。あとはおまけで眼球自身も強度の近視と乱視があります。これでもコンタクト・レンズを使えば視力検査で片眼 1.0 ずつ出るのです、一応。一応というのはある前提のもとでのことなんですが、これもまたの機会に。
お陰様でこれまで 30 数年、まったくの健常者と同じ扱いで一応生活することが出来ているのですが、やはり全く同じようには出来ないこともあるし、ヘタに健常者と同じ生活をしているが故に理解されないことも多々あったりするのです。このあたりについても次の機会に書くとします。今回はこの辺にて。

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継続は...?!

まったくもって久しぶりの記事の投稿です。昔から「継続は力なり」と言いますが、生まれながらに集中力が著しく欠落している fujaata には全く持って縁遠い言葉の一つです。確か出身中学校の校訓(教育目標とは別)も「継続は力なり」だった気がするが...載ってないな。
しかし、こんな自分勝手に書いている、誰一人読まないような場所ですら、書き続けるというのは難しいことです。いや、fujaata をよく知っている人なら「え~、わけないでしょ」って言ってくれる方もいらっしゃるかも知れません。何故こんなに難しいか。それは読んでくれる方が特定できないから。特にここを宣伝しているわけではないのですが、fujaata の個人アドレスのシグネチャにはここのアドレスが書いてあったりするので、奇特な、いや心優しい方が覗いてくれる可能性があるわけです。どんな方が覗いてくれてるかわからない上、書いている中身も限定していませんから、その話に全く知識も経験も無い方が読んでわからないようなものはあまり書きたくないのです。
例えばパソコンの面倒を全く見ることができない、かつ世代が異なる fujaata の父がこのページを覗いたとします。話題として、壊れたハードディスク・ドライブの交換作業を取り上げたとしましょう。「昨日いきなり会社マシンのHDDが突然あぼ~んしちまったので、そっこー HDD をゲットしてきて、ついでだからボードも買って S-ATA にしたんだけど、potato で認識せず!! しゃぁないので、woody にして kernel 2.6.6.1 入れてやっと復旧。...云々」って書いても、まず意味不明。多分何となく「ハード・ディスクがダメになったので交換した」くらいしかわからないでしょう。ついでに文章が日本語じゃない、なんて言う苦情も出そうです。その前に普通は読む気にもなりません。
全部が全部わかるように、とは行きませんが、ここは最低以下のように書くのがよろしいかと思うわけです。「昨日、突然会社で使っているパソコンのハード・ディスク・ドライブ (HDD) が壊れて使い物にならなくなってしまいました。仕方がないので急いで交換用 HDD を購入してきました。不本意とは言えせっかく交換するのだから、最近主流になってきたシリアル ATA (S-ATA) というデータを高速伝送できる接続規格の HDD を購入し、同時に S-ATA のインターフェース・ボードも買ってきました。さっそくパソコンに取り付けてみたのですがここで問題発生。使っていたパソコンのオペレーティング・システム (OS: 基本ソフトのこと) は Debian Linux という Linux の一つなのですが、バージョンが 2.2 ( potato という愛称がついている) という古いものだったので、S-ATA のボードを認識してくれませんでした。そこでまず potato を woody (Debian Linux バージョン 3.0) にアップグレードして、さらに kernel という Linux のもっとも中心となる一部分だけを 2.6.6.1 という最新のものに入れ替えてやっと認識させることができました。結果的に無事 S-ATA 接続の HDD を認識し復旧できました。」くらいまで書くと、やっと半分く程度雰囲気を理解してもらえ、日本語としても最低点を頂けるるのではないでしょうか。文字の数を見ただけでおわかり頂けるかと思いますが、これがいかに大変なことか。
いや、何が言いたいって、不特定多数の知識も文化も共有しない人へ向けた文章というのは非常に難しい、ということです。特に新聞の全国紙の記事や放送番組の原稿は本当に大変だろうと思います。逆に対象さえ限定されていれば文章は比較的書きやすいとも言えます。バランスが大事だということですね。
ということであんまり不特定多数を意識しすぎると、書きたいことも書かずに終わってしまいそうなので、以後の記事はその場の勢いで書いてしまうことにします。本文中、ご不明な点や気になるところはどんどんコメントして頂ければありがたい限りです。え、つまり、コメントが少ないからコメントを増やすための方策だろうって?! す、するどい...。

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